【移住者インタビュー】最新号

ページ番号1053516  更新日 令和8年6月25日

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【第44回】 陸前高田市 酒井 学 さん

『“この街に住みたい”- 陸前高田市に一目惚れした移住者のお話』

酒井 学(さかい まなぶ)さん
酒井 学(さかい まなぶ)さん

神奈川県 横浜市 出身

さくらの杜プロジェクト陸前高田
陸前高田市地域おこし協力隊

インタビュー実施日:2026年6月11日

 

-ご出身と現在の活動について教えてください。

 神奈川県横浜市の出身です。

 現在は陸前高田市の地域おこし協力隊員として、NPO法人さくらの杜プロジェクト陸前高田の事務局長をしております。

-陸前高田市に移住される前はどのようなことをなさっていたのですか?

 東京都の建設コンサルタントの会社で働いていました。

 主に自然環境の保全と利用、景観保全、観光振興、再生可能エネルギー導入など、国や地方公共団体の環境に関するさまざまな行政施策や計画の立案などを行っていました。北は北海道から南は沖縄県まで全国各地で業務を行っていたので、岩手県には以前からよく来ていました。

 陸前高田市でも震災後の復興計画策定や高田松原津波復興祈念公園の計画づくりなど、いろいろな復興事業に係わらせていただきました。

-移住することを決めたきっかけ・タイミングについて教えてください。

 移住すると決めたきっかけは、一言「一目惚れ」ですね。

 横浜市の出身ですが、住んでいたところは工業地帯で、実家も町工場をやっていましたので、どうしても空気が汚いと言いますか、環境の良いところにもう1つ拠点を置きたいと思っていて、ずっと仕事や旅行しながら良い所を探していました。

 旅行は昔から好きで、あちこちに行っていたのですが、不思議なことに、南から気仙沼市まで、北から大船渡市までは行ったことがありましたが、ちょうど、陸前高田市だけ全く来た事がなく、東日本大震災直後に仕事で初めて来ました。

 道路啓開も終わり、市内に入れるようになった2011年の6月上旬に、奥州市の水沢から車で向かったのですが、陸前高田の街が見えた瞬間に、「ここだ!」と思いまして。あの瞬間は今でもよく覚えています。

-移住するにあたってどのようなことを重視しましたか。

 四季があって、地域とのつながりがあるところですかね。

 陸前高田市に一目惚れしたあの日、津波で壊滅した街を見てなぜ「ここだ!」と思ったのかは分からないのですが、よく考えてみると、広田湾があって、気仙川があって、平野があって、周りが山に囲まれているという基本構造と街の規模感が、自分が探していた理想像にドンピシャだったのだと思います。例えば、海産物も農産物もどれもおいしく、ご近所の方から「採れたからあげるよ。」といただくといったこともあります。自然や生活、経済等、様々な点を考慮して、「1番豊かに暮らせそうだ。」と思い、移住を決めました。

-移住に当たって県や市の支援制度は利用しましたか?

 仕事をきっかけに陸前高田市には来続けていたので、県や市の支援制度は特に利用していません。

-移住するときに大変だったことはありますか?

 大変だったことも特にはありません。

 陸前高田市で業務をする際に事務所として使用していた家屋を今も借りて生活しているので、住まい探し等の必要もなく、大変なことはなかったですね。

-どんな時に移住してよかったと感じますか?

 明確に「こんな時!」というものを選ぶのは難しいですが、本当にやることが尽きないので、移住してきて良かったなと思います。

 海も川も山もあるので、カヤックをしたり山登りをしたり自転車に乗ったり、ほかにも、裏山の手入れなどの野良仕事をしたり、とにかく外にいることが好きで、横浜市の方には、用がないと帰らないようになってきていますね(笑)

 東北地方ならではの「やませ」も好きで、家の前から見渡せる広田湾にやませが流れ込んでくるのが見えると、「来た~!!」とつい嬉しくなってしまいます。急いで洗濯物を回収しに行かないといけないのですが(笑)。

 出身は横浜市ですが、街で遊ぶということをほとんどしてこなかった人間なので、今の生活は飽きなくて良いです。

 

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晴天の下、カヤックを楽しむ酒井さん

 

-移住してから驚いたこと、不便だと感じることはありますか?

 不便だと感じることはあまりないです。

 東日本大震災直後は、買い物のために市外に出ることもありましたが、復興も進み、今ではスーパーもコンビニもホームセンターもあります。市内で買えないものはネット通販で買えば良いですし。移住してからわざわざ市外に買い物に出たのは、数えるのほどしかありません(笑)

-気仙地域の好きな場所、景色を教えてください。

 たくさんあるのですが、特に氷上山や気仙川が好きです。気仙川はダムがない自然がよく保たれた河川ですし、河口から上流まで、好きなポイントが何カ所もあります。いずれはカヤックで下りたいとも思っています。

 ほかにも、実は鉄道オタクなところもあり、岩手開発鉄道さんも好きですね。大船渡市の盛駅には、今もプラットフォームが残っていますし、震災前は岩手開発鉄道、三陸鉄道、JRと3社が乗り入れる、県内でも珍しいターミナルだったのではないかと思います。日頃市駅もお薦めです。

-さくらの杜プロジェクトのこと、現在のお仕事について教えてください。

 「陸前高田市を桜の街にしたいよね。」という想いに共感していただいた市内の19の事業者で令和5年10月に協議会を立ち上げたのが始まりでして、その協議会の事務局を務めているのが「NPO法人さくらの杜プロジェクト陸前高田」になります。

 陸前高田市内で利用されていないかさ上げしていない土地や、植栽が十分に行われていない祈念公園、運動公園などに桜を植えて、「桜並木」ではなく、「桜の面」を創り、上から見たときに「桜の杜」が見えるというところを目指しています。

 

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植樹の様子

 

-今後の目標や、やりたいことを教えてください!

 今後は、市民のみなさんをもっと巻き込んで活動を行いたいですね。

 毎年3月に卒業記念植樹をしているので、この植樹を定着させていずれは学校行事にしたいと思っています。先日も市内の高校2年生の授業の一環で、桜を植えるための土の改良をやってもらいました。2年生が準備した場所に卒業する3年生が桜を植えるというのも先輩と後輩の繋がりを感じて良いと思いますし、恒例行事化していけたらと思います。

 また、今春、運動公園に大きな桜を4本植えたところでして、来年の4月にはお花見イベントも開催したいですし、ほかのアクティビティと桜の植樹をセットにした活動もどんどんやっていきたいですね。去年から午前中に桜の植樹をして、午後に震災伝承に関するガイドやSUPを体験してもらうイベントも開催しました。色々なコンテンツを1つのパッケージにするような形で、他の団体さんとの連携も強めながら、活動を盛り上げて、目に見える成果を出しながら、市民のみなさんにもさくらの杜プロジェクトの活動にどんどん参加していただきたいです。

 いずれは陸前高田市を東北有数の桜の街に育て上げ、「震災」によらない交流人口の拡大、さらには人口減少の緩和など、持続的なまちづくりに寄与していきたいと考えています。

-移住を考えている方にメッセージをお願いします!

 私自身、色々なタイミングや家族の理解などが重なり、13年越しで陸前高田への移住を果たすことが出来ました。

 陸前高田市は自然も文化も人も素晴らしく、生活の面でも不便の少ない場所、私にとっては理想のコンパクトシティです!

 

【事業所の紹介】 特定非営利活動法人 さくらの杜プロジェクト陸前高田

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プロジェクト完成イメージ

住  所 陸前高田市高田町鳴石50-10

電話番号 070-8942-0937

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注 本記事における掲載画像は、御本人から提供いただいたものです

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