日本記者クラブ記者会見 知事スピーチ「東日本大震災津波から11年 岩手県のいまとこれから」

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ページ番号1053196  更新日 令和6年3月13日

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とき:令和4年3月16日(水曜日)
ところ:日本記者クラブ9階会見場

はじめに

 岩手県における東日本大震災からの復興に対し、発災直後から、日本記者クラブの皆様に注目していただき、改めて御礼申し上げます。
 先週3月11日、東日本大震災津波から11年を迎えました。全国の皆さん、海外の皆さんからこれまでいただいた多くの御支援や励ましに対しまして、改めて御礼を申し上げます。
 ちなみに、岩手県では東日本大震災に「津波」をつけて、「東日本大震災津波」と言うことが多いのですが、それは震災被害のほとんどが津波によるものだったこと、そしてもう一つ、明治三陸大津波、昭和三陸大津波、チリ地震津波に次ぐ、近代になってから4回目の大津波という位置付けがありますので、東日本大震災津波と言っています。
 今日は、「東日本大震災津波から11年~岩手県のいまとこれから~」と題しまして、復興の進捗状況や今後力を入れるべき分野、そして地方創生についてお話をしたいと思います。

1 復興の原点

 まず、復興は、その犠牲の多さ、被害の大きさ、これを原点にしなければならないと考えています。岩手県の沿岸部は、急峻な山が海の近くまで迫っているリアス式海岸が基本であることから、限られた平地に商業施設や住宅が集中し、そこに津波が襲来して甚大な被害が生じました。
 国内観測史上最大となるマグニチュード9.0の非常に強い地震が大きな津波を引き起こし、岩手県内では関連死を含めて5,145人の方々が亡くなり、1,110人の方々が行方不明となっています。家屋は、地震の揺れや津波による流出などによって、約2万6,000棟が倒壊しました。
 避難者は、震災発生直後、最大約5万4,000人で、当時の沿岸12市町村の人口の合計が約27万人でしたので、約2割の方々が当初避難せざるを得ないという状況にありました。また、津波浸水地域の人口が約8万8,000人でしたので、沿岸に住む27万人のうち、約3分の1が住んでいる場所に津波が押し寄せたということです。
 日本政策投資銀行が推計した「推定資本ストック被害額と被害率」というものがあります。「資本ストック」というのは民間の建物や設備、そして国や県、市町村が整備した道路や公園施設などの社会資本、これらの量を金額に換算したものです。岩手県沿岸部の推定資本ストックは7兆4,490億円で、被害額の合計は3兆5,220億円、被害率は47.3%でした。これは、宮城県の21.1%、福島県の11.7%と比べて、突出して高い割合です。47.3%というのは、存在するものの約半分が破壊されたということになります。岩手の沿岸全ての市町村が大きな被害を受け、幾つかの市町村は主要部に壊滅的な被害を受けたということでありました。
 そして、岩手県全体の被害額が4兆2,760億円で、当時の岩手県のGDP、県内総生産が4兆2,550億円でしたので、被害額はGDP1年分に相当するということになります。宮城県が0.81年分、福島県が0.43年分だったのに比べますと、高い割合になっています。
 11年後の今、被災地では住宅地や住宅の整備が完了して、被災者の仮設住宅生活は終わり、中心市街地が復活、大型商業施設などが再開して、復興道路が全線開通しました。震災直後の惨状に比べますと、目を見張るような復興を果たしていると言って良いのではないかと思います。

2 復興の進捗

 岩手県の分野ごとの復興の進捗状況を紹介します。
 まちづくりの面整備事業は全箇所が完成し、宅地も全区画で完成しました。災害公営住宅は、集合住宅型や戸建て型など様々なタイプの整備を進め、内陸部にも建設し、全戸数5,833戸が完成しました。応急仮設住宅の入居者は、ピーク時で4万3,738人でしたが、昨年3月までに全員恒久的な住宅に移ることができました。
 各市町村では、中心部の中心的な施設の整備が進みました。津波で全壊した陸前高田市の市役所庁舎は、中心市街地に近い高田小学校跡地に地盤をかさ上げして再建されました。1階に市民交流スペースが設けられ、7階には展望ロビーや奇跡の一本松記念館があります。
 宮古市では、市本庁舎、保健センター、市民交流センターの3つから成る複合施設、「イーストピアみやこ」が開館しました。JRと三陸鉄道の宮古駅の駅ビルにもなっており、中心市街地の活性化につながっています。
 大槌町では、文化交流センターがオープンしました。震災前の町の中心である御社地(おしゃち)付近にあった図書館、集会所等が1つになり、木造3階建ての図書館を含む建物は国内初で、「おしゃっち」という愛称で親しまれています。
 防潮堤等の海岸保全施設は、約9割の整備が完了しています。東日本大震災津波では、水門、陸こうの閉鎖作業中の消防団員の方々が津波の犠牲となったことから、津波の発生時に現地での作業を行わないで済むよう、水門・陸こう自動閉鎖システムを整備し、運用を開始しています。
 昨年7月には、東日本大震災津波で全壊した県立野外活動センター、これは高田松原の近くにあったのですが、広田半島の高台に移転、新築しました。海での体験活動やスポーツ合宿といった以前からの機能に加えて、避難所開設ゲームの体験、近隣の震災遺構・伝承施設見学など、復興・防災教育の機能も新たに備えています。
 砂浜の再生工事を行った海水浴場が相次いでオープンしています。昨年夏には、高田松原海水浴場で11年ぶり、震災後初となる海開きが行われました。奇跡の一本松を除いて流された松林も、地元住民の方々が少しずつ植樹を進めています。
 昨年12月、三陸沿岸道路が全線開通して、県土の縦軸、横軸を構成する高規格道路ネットワークができました。岩手県の沿岸が1つに結ばれ、そして沿岸と内陸も1つに結ばれた形になります。仙台―八戸間の移動時間が3時間以上短縮しました。復興道路の整備に伴う企業立地や迅速な救急搬送の確保など、道路の効果が現れています。
 さらに、新たな物流も可能になり、復興道路と新幹線を組み合わせ、魚介類を水揚げされたその日に東京の店舗に並べることが可能となっています。花巻空港から大阪伊丹空港への航空定期便を活用して、西日本に水産物を高鮮度で流通させる実証実験も行われています。
 また、震災前にはなかったガントリークレーンが釜石港に据え付けられました。これは、大阪府から無償譲渡いただいたものです。釜石港のコンテナ取扱量は、復興需要に端を発して、ガントリークレーン設置後、さらに伸びています。また、岩手県の港と世界各地の港を結ぶコンテナ定期船の航路が大船渡港、釜石港に新たに開設されています。
 震災から10年を迎える頃から、東日本大震災津波の伝承、発信に力を入れています。岩手県では、3月11日を「東日本大震災津波を語り継ぐ日」とする条例を制定しました。
 東日本大震災津波の伝承と防災学習の拠点として、「東日本大震災津波伝承館」を建てました。知事が館長を務めています。令和元年、2019年9月の開館以来、新型コロナウイルスの流行とほぼ重なる2年半の間に、約50万人の方々に来館いただいています。オンラインを活用しながら、インドネシアのアチェ津波博物館やハワイ太平洋津波博物館と交流、連携をし、世界の防災力向上への貢献も目指しています。
 昨年の11月には、釜石市で、いわゆる「ぼうさいこくたい」、「防災推進国民大会2021」が開催され、全国から多くの防災関係者にお越しいただき、県内からも多くの関係者が参加して、震災の事実と教訓、復興の今、そしてこれまでの支援に対する感謝を発信することができました。
 東京2020オリンピック・パラリンピックとの関係では、岩手県は新型コロナウイルスの感染状況が全国で最も少ない方だったこともあり、多くの関連行事を行うことができました。新型コロナウイルス感染症と東日本大震災津波の犠牲者への追悼を原点に、敬けんな気持ちを持って、謙虚に向き合う復興五輪になったと思います。
 岩手県内では、全ての沿岸市町村を含む28の市町村で、3日間かけて聖火リレーを行うことができました。それに先立つ5町村での聖火展示、これは被災地特例で行っていただいた展示ですが、この5町村での聖火展示と併せると、岩手県の全ての市町村を聖火が訪れた格好になっています。オリンピックの開会式では、岩手県の2人を含む被災3県の子供たちが聖火を最終走者につなぐ大役を果たしました。
 8月には、全33市町村から採火した火を「岩手県の火」として集火して、パラリンピックに送り出しました。

3 復興の課題と今後の力点

 岩手県の復興の課題と今後力点を置く分野についてお話しします。
 現在、大船渡港で防潮堤の整備が進んでいますが、東日本大震災津波のような非常に大規模な津波を防潮堤などのハードウェアのみで防御することは困難ですので、ハードによる対策と、避難対策などのソフト施策を効果的に組み合わせた多重防災型まちづくりを進めています。
 被災者一人ひとりに寄り添った支援が引き続き必要です。
 「いわて被災者支援センター」では、恒久的な住宅に移られた後、生活面や経済面等で問題を抱える方の幅広い相談への対応を行っています。
 こころの問題については、時間の経過に従って改善されていく面もあれば、逆に時間の経過によって悪化していく面もあり、長い時間が経って、突如問題が浮上してくるということもあります。岩手医科大学や市町村等と連携し、「岩手県こころのケアセンター」を拠点として、一人ひとりに寄り添ったこころのケアを推進します。子供たちのこころのケアは、「いわてこどもケアセンター」を拠点として、沿岸地区への巡回診療、地域の支援者への研修等を行っています。
 災害公営住宅の集会所等を活用した健康相談の実施や、生活支援相談員による見守り活動に取り組んでいます。災害公営住宅や移転先での新たなコミュニティ形成の支援も重要です。さらに、地域コミュニティに欠かせないバス路線の維持、被災市町村における生活交通路線の確保を支援しています。
 近年、岩手県の主要魚種であるサケやサンマなどが記録的な不漁を続けています。地球温暖化、気候変動の影響で海水温が高くなったことが原因ではと指摘されていますが、令和3年の水揚量では、震災前の5か年平均と比べ、サケで2%、サンマで6%と、1桁パーセントしか捕れなくなっているという状況になっています。これは、漁業者の収入減になるほか、水産加工業者の原料不足ということにもなりまして、生産から流通、加工に至る関係事業者の経営に深刻な影響が出ています。
 これに対する対策としましては、大型で遊泳力の高い強靱なサケの稚魚生産等による資源回復、悪い条件の中でも放流して帰ってこられるようなサケの稚魚の開発を進めています。一方、マイワシなど、増加している資源の有効利用を進めています。それから湾内での海面養殖として、オリジナル種苗、オリジナル品種のサケ、マス類を開発し、それを湾内で海面養殖により育てて売るという新しい養殖を行っています。
 岩手生まれのアサリの養殖という、ニッチビジネスのような展開も、来年度予算で提案しています。さらには、ウニの二期作。ドラマ「あまちゃん」でも、7月など夏場が旬の期間としてウニが描かれていましたが、冬でも出荷できるようウニの二期作を行うなど、新たな漁業、養殖業の導入を図っているところです。
 主要魚種の不漁問題と並んで復興に影を落としているのが、新型コロナウイルスの流行です。社会経済活動を極端に低下させ、消費の落ち込みが大きな打撃になっています。観光客の激減、そして冠婚葬祭等のイベントの激減、料亭やホテル等での宴会需要も大きく減って、三陸の海の幸の需要が減少し、被災地の地域経済に大きな影を落としています。今も飲食、宿泊業をはじめ、幅広い業種の売上げがコロナ以前には遠く及んでいない状況であり、引き続き支援が必要です。
 その関係で、消費喚起策として、「いわて飲食店安心認証制度」があります。これは日本中あちこちで行っているコロナ対策ですが、県が感染症対策の認証基準を満たした飲食店を認証し、さらに、認証制度の普及促進のため、認証を受けた飲食店に支援金を支給しています。
 そして、地方版の「GoToイート」、飲食需要を喚起する「いわての食応援プロジェクト」。認証制度に対応した飲食店で利用できるプレミアム付き食事券を発行し、感染対策に取り組む飲食店と食材を提供する農林漁業者を支援しました。
 県民を主な対象として実施した県内旅行代金の割引や土産物店等で使用できるクーポンを発行する「いわて旅応援プロジェクト」、地方版の「GoToトラベル」。多くの皆様に御利用いただいて、観光、宿泊事業者への支援につながっています。
 新型コロナウイルスの流行による消費の落ち込みは、物産や観光に大きな経済的マイナスの影響をもたらしていますが、プラスの方向への新たな対応で、新しい可能性も広がるというところがあります。
 物産では、水産加工事業者に対するデジタル化の支援や、宿舎整備に対する補助による人材の確保、産業創造ア ドバイザーの派遣や相談会の実施による付加価値の高い新しい商品づくりの推進、そして、ネット通販への参入や取引拡大への支援による新しい生活様式に対応した販路拡大も進めています。
 観光では、岩手にある復興道路や三陸鉄道などの交通ネットワーク、御所野遺跡・平泉・橋野鉄鉱山と3件を有する世界遺産、沿岸部を縦断する日本一広大な三陸ジオパーク、陸前高田市に整備を進めている東北最大級のオートキャンプ場「モビリア」などを生かした観光振興を進めます。さらに、観光地域づくりを進める「三陸DMOセンター」の拠点を沿岸部に移して、より地域密着型の旅行商品の造成、情報発信を進めます。
 今年の7月から9月には、北東北3県が連携した「北東北3県観光キャンペーン」が展開されます。昨年の縄文遺跡群の世界遺産認定を契機とし、準備を進めています。
 東日本大震災津波と復興を後世や国内外の人々に伝え、震災の記憶の風化を防ぎ、国内外の自然災害に対する防災力向上に貢献していくことを、被災県である岩手県の責務と自覚しています。
 先週の3月11日、岩手県は、大槌町と合同での追悼式を開催しました。岩手県では、毎年毎年、沿岸の市町村と、順番で合同の追悼式を開催していますが、今年は大槌町との合同で開催し、エマニュエル駐日米国大使夫妻にも御参列をいただきました。
 東日本大震災津波伝承館を拠点として、県内各地域の震災伝承施設や震災遺構のネットワークを生かし、岩手沿岸、三陸地域を「防災を学習する場」として発展させていきたいと思います。
 そして、ILC国際リニアコライダー。平成31年3月に日本政府による関心表明があり、国内外で議論が盛んに行われているところです。国として、正式に誘致するとはまだ決めていない段階ではありますが、いざ決まって、これが動き出しますと、岩手のみならず東北全体、ひいては東日本、さらには日本全体で、科学をてこにした新しい再生、復興から再生へと進んでいくものと考えています。
 ILCとの関連で、インターナショナルスクール、国際的な教育環境を岩手に整備しなければならないと言われていたところに、イギリスの名門私立学校の「ハロウ・スクール」がインターナショナルスクールを岩手県八幡平市に開校することとなり、今年8月開校予定で準備が進んでいます。「ハロウ・スクール」は、チャーチル・イギリス元首相や、ネルー・インド元首相が卒業するなど、世界に貢献する人材が多数輩出されています。グローバル人材育成や国際交流の面で、地元への効果も大きいものと期待しています。

4 復興と人口減少問題・地方創生

 復興に関連して、被災地は震災以前から人口減少が進んでおり、被災によってそれがさらに進むだろうから、巨額の復興予算を投じること、特にインフラ整備の大型公共事業に対し、疑問や批判がありました。
 そこで、人口減少問題、地方創生との関係について述べたいと思います。
 5年に1度の国勢調査の結果を並べてみますと、岩手県では震災前の5年間の人口減少率より、震災後の現在の5年間の人口減少率の方が大きくなっていますが、その間にある震災を含んだ5年間の減少幅、減少率というのは、実は非常に低かったということが分かります。沿岸地域に絞りますと、震災を含んだ5年間の減少幅は8.3%と大きいのですが、これは犠牲者が多かったということがあります。仮にお亡くなりになった方々や行方不明になった方々が御存命であると仮定して計算をしますと、その間の減少幅は6.0%ということで、3回の国勢調査結果の中で一番低い減少率になります。
 これは、復興のために、復興事業で県外から岩手県に来て滞在していた人たちの数が大きく影響していると考えられます。最新の国勢調査の結果で非常に多く減少していることも、復興事業関係の皆さんが岩手から去ったことが影響しているのではないかと考えられます。大きな減少が起きていると言っても、様々な要因が絡み合っていますので、この実態をよく見ていく必要があると考えています。
 新型コロナウイルスの流行は、東京圏など人口集中のリスクを改めて浮き彫りにし、地方への移住、就業に対しての関心が高まっています。県外大学を卒業した学生の岩手県内への就職の状況を見ますと、岩手県で運営している就職情報マッチングサイトに登録した学生や、県のU・Iターン就職相談窓口で職業紹介した方のうち、県外の学生で岩手県内に就職した方は、昨年度は92人でしたが、今年度は既に221人となっていて、倍以上に増えています。
 そして、各年1月末現在の高校生の県内就職内定率、高校生の地元就職率では、平成24年3月卒では55.7%しか地元就職していなかったのですが、最新の数字では73.6%にまで増えており、若者の地元志向というものを見て取ることができます。
 移住・定住、U・Iターンの相談件数や移住・定住実績、U・Iターン就業者数も増えてきているところです。
 被災地での未利用地問題というものがあります。市町村がそれぞれの実態に合わせて計画の修正を繰り返してきましたが、やはり被災者の皆さんの当初の希望と、その後の実際の利用が一致しないケースが多々あり、一定数の空き地や空き部屋があります。これを移住・定住、U・Iターンの促進に活用したいと考えています。
 復興庁が今年度創設した「ハンズオン型ワンストップ土地利活用推進事業」に、山田町、大槌町、陸前高田市が事業採択されており、新たな土地利活用も進んでいます。
 民間企業によるそのような例として、ワタミ株式会社の「ワタミオーガニックランド」が陸前高田市の津波跡地にできました。大変広い、先進的な六次産業モデルの拠点になります。
 地元の皆さんも「CAMOCY(カモシー)」という複合施設を陸前高田の津波跡地にオープンさせており、酒蔵や味噌、醤油など醸造業が旧市街地に集積していたことにちなんで、発酵をテーマにして「CAMOCY」という複合施設を造ったところです。
 災害公営住宅も空き部屋が出ていると言われていますが、若者向けにWi―Fiを取り付けて、若者にどんどん入ってもらうというような目的外利用が認められていますので、進めていきたいと思います。
 新型コロナウイルス流行の直前である2019年の終わり頃、NHKが1週間にわたって首都直下地震の特集を組み、私も見ていました。発災直後の住宅倒壊や火災でかなりの人が亡くなり、また、難を逃れたとしても避難所の数が足りないとか、消防や医療提供が間に合わないとか、水や食料、エネルギーも足りないということで、命の危機が繰り返し襲ってくるようなドキュメンタリードラマでした。
 その時のNHKの解説で、首都直下地震から東京を守るためになすべきことの結論として、東京一極集中の是正と出ていたのです。東京一極集中是正というのは、地方からの人口流出、地方消滅を止めるという面もありますが、東京、首都圏に住んでいる皆さんにとっても、よりリスクの低いところで、暮らしやすく、また、働きやすいところに移るのが良いのではないか。そして、復興の現場がその行き先になり得るということを申し上げたいと思います。
 ビルド・バック・ベター、より良い復興と訳していますが、被災者や復興の現場の人たちプラス日本全体、国全体のためにも活用され、震災前にはなかったような新しい発展というものが被災の地、復興の地にできていくことを目指していきたいと思います。

むすびに

 最後に、人口減少イコール地方の衰退ということで、地方はこの30年間一貫して人口が減少し、この30年間、地方は衰退し続けたというイメージがありますが、本当にそうなのかという話で締めくくりたいと思います。
 人口は30年で大きく減っていますが、この30年の間に、大谷翔平(しょうへい)君が生まれ育ち、菊池雄星(ゆうせい)君も生まれ育ち、北京オリンピックで永井秀昭(ひであき)選手や小林陵侑(りょうゆう)選手、岩渕麗楽(れいら)選手などが活躍、特に小林陵侑君は金メダルを取りました。スポーツだけでなく、文化の分野でも、日本の声楽界を代表する福井敬(けい)さんや、ピアニストの小山実稚恵(こやまみちえ)さんが岩手で生まれ育っています。
 これは岩手だけではなく、地方全体に言えると思うのですが、人口は減り続けていますが、かつてできなかったことができるようになっている。人を育てる力に象徴されるような地方の力の高まりというものがあるのではないかと思っています。
 それは、自然環境であり、人材への投資ができる環境であり、また、支える側の様々な力、スポーツ文化施設も充実していますし、子育て環境、教育環境、そして食べ物の美味しさ、こういった力は30年間衰え続けているわけではなく、逆に30年間高まっている。復興の現場においても、人口は減っていますが、こういう力はどんどん高まっているということがあります。
 最後に「復興とともに、地方でこそ、人材育成!」ということで、大谷翔平君や小林陵侑君のようになりたい、また、そういう子供を育てたいという人は、是非、復興する地方で暮らし、働き、人材を育てましょうということで終わりたいと思います。
 ありがとうございました。

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