平成24年度部課長研修 知事講話

ページ番号1049978  更新日 令和4年2月9日

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とき:平成24年7月17日(火曜日)
ところ:県庁12階特別会議室及び各課等執務室
演題:「復興から希望郷いわてへ」

1 はじめに

 皆さんこんにちは。昨年3月11日の東日本大震災津波から1年4か月あまりが過ぎました。発災翌日、私は上空からヘリで、陸前高田市から宮古市まで回り、3月16日から4日間かけて実際に被災市町村全てを回ったわけでありますけれども、この世のものとは思えないような被害の状況であり、今でもありありと思い出すことができます。

 今年は、「復興元年」という位置づけで復興を軌道に乗せる大事な一年でありますが、今の県政は、去年の3月11日を境にして、すべてあの日から始まっているといっても過言ではありません。

 今日は、幹部職員を対象とした「部課長研修」でありますが、今の県の仕事はすべて直接的にはもちろん間接的にも復興に関わっていて、この岩手の一日も早い復興、力強い復興を進めていくために職員として考えなければならないこと、考えてほしいことを、これはすべての職員に伝えたいということで話をさせてもらいたいと思います。

2 全職員に向けて

(1) 現場主義 現場を見ること。被災地は依然として非常時。

 最初に全職員に向けて話したいことですが、まず現場主義、現場を見ること、そして被災地は依然として非常時であるということであります。

 視点の一つ目として、「現場を見ること」をあげたいと思います。被災地は今も平時ではありません。依然として、「緊急事態」あるいは「非常時」であります。被災地を覆い尽くしていたガレキの撤去が進み、仮設住宅も整備されましたが、職員の皆さんは、あの被災直後の惨状や混乱の記憶を今一度思い起こし、最愛の家族や友人を失い、生活の基盤を根こそぎ奪われ、仮設住宅等へ避難して不自由な生活を強いられている被災者の皆さんの今の思いを、改めて考えてほしいと思います。

 被災地に勤務する職員は、日々、被災地の現状を目の当たりにし、被災地の現状を肌で感じることになりますが、被災地から離れた県庁や合同庁舎に勤務する職員も、被災地は依然として「緊急事態」、「非常時」であることを、被災地に勤務する職員と同じように常に感じていてほしいと思います。

 現在の県政の最重要課題は言うまでもなく「震災復興」であります。もちろん、内陸部など大震災津波の影響が少なく、以前と変わらない生活ができている県民も多いわけでありますが、本県が真の意味で未来に向け発展していくためには、まず、第一に被災地の復興を図らなければなりません。

 そもそも、こういうことが無くても仕事の基本は「現場」であります。現場に足を運んで、自分の目で見て、肌で感じることで、新たな発想も生まれます。今、何が必要なことなのか、何が最優先なのか、といったことがわかってきます。

 私自身、時間が許せばできるだけ被災地を訪れて、県民の生の声を聞き、復興の状況を自分の目で確かめたいと思っています。復興や被災地支援のためには、知事として、被災地、現場の現状を知ることが重要であると考えています。

 去年12月には、仮設住宅での生活がどのようなものか、釜石市平田地区の仮設住宅に宿泊してみました。実際に泊まってみることで、当時問題になっていた防寒対策の状況など実地で確認することができました。

 今年度の新採用職員には、昨年度に引き続き、研修の一環として、今年は大槌町でのボランティア活動を経験してもらいました。大槌町の江岸寺は、本来の避難所である高台の下にあり、そのお寺に避難してきた皆さんが津波に流され多くの方々が亡くなってしまいました。そのお寺での清掃活動、そして大槌駅周辺のガレキ撤去や清掃活動、日帰りという研修日程の関係で現地での活動時間は短い時間とならざるを得ませんでしたが、新採用職員が現地に実際に行ってみた感想を私も聞いています。

 例えば、「現地で実際に津波に遭遇したボランティアセンターの方の話は、テレビ等のメディアで見聞きする情報とは説得力が全く異なり、当時の緊迫感が伝わってきた。」「被災地にある合同庁舎に勤務しているが、庁舎の中での仕事とは異なり、被災した現場で活動することで、県民のため、被災地のために働くという県職員としての心構えを再認識できた。」「被災地の現状を目の当たりにし、改めて復興に向け、県職員が一丸となって取り組んでいかなければならない課題がたくさんあると感じた。復興に向け、我々新採用職員個々のスキル及び業務効率の向上が望まれる。今後も県民の視点に立ちながら職務を遂行していきたい。」「震災から1年以上経過したが、実際に訪れてみたら震災直後からあまり変わっていない状況を目の当たりにして驚いた。現状を自分の目で見ることが出来たからこそ、どのような復興が求められているのか、県職員として自分は何が出来るのだろうかということを改めて考える機会になった。」「被災地を自分の足で見て回り、どのような状況であるかということを知っておくことが県の職員として必要不可欠であり、その上で被災者に寄り添い、支援していくことが大切だと改めて感じた。」といった感想であります。

 これらは、現地に実際に行ってみて、自分の目で実際に見たことで、リアルに感じとることができたのだと思います。このようなバックボーンがあるとないとでは、仕事への力の入りようというか、熱意というものが違ってくると思います。自分がやっている業務の延長線上に被災地が見えるようになります。これからも長く続いていく復興の道のりを引っ張っていくことになる職員が、こうした思い、「現場感覚」を持つことはとても大事なことであります。

 震災後、度々話していることでありますけれども「答えは現場にある」ということであります。被災地は依然として非常時であり、机上の理論や議論だけでは、理屈や経験値が判断の基礎、基本にならざるを得ず、本質を見失いかねません。

 復旧・復興で、平時に比べて業務が膨大になっていますが、内陸に勤務する職員も、機会を見つけて出来るだけ現地に足を運んでほしいと思います。そして、見たこと、聞いたことを職員同士で情報提供し合い、話し合ってほしいと思います。そうしたことの積み重ねが、新しい事が生まれるきっかけにもなります。

 被災県である本県、そして全ての県職員が、今の県政の原点である大震災津波の意識を忘れてはなりませんし、風化させてもいけません。そして、この大震災津波を風化させないためにも、あらゆる機会を通じて、現地の状況を全国、そして世界にも向けて情報発信していかなければなりません。

 震災関連の講演会、パネルディスカッション、また、全国会議での事例発表、あるいは復興支援の物販、個人的な草の根の活動など、職員それぞれ、県の広報マンであると認識して、また自覚をして、積極的に外部に情報発信をしていってほしいと思います。

(2) 人にやさしく 志高く

 二つ目の視点でありますが、「人にやさしく、志高く」ということであります。被災地の復旧・復興は、壊れた防潮堤や道路、鉄道、橋を直す、街並みを整備し住宅を建てる、あるいは漁船や工場を再建するといった、言わばハードの整備も大事ですが、すべての出発点は、犠牲になられた方々のふるさとへの思いをしっかりと受け継ぐこと、そして被災された皆さんの思いを受け留め、寄り添うことであります。

 これまで経験したことがないような大きな揺れでありました。電源、通信手段が失われて、大津波警報が届かず、予想しなかった巨大な津波が押し寄せて、無念にも犠牲になられた多くの方々。

 また、黒い波にのまれながら九死に一生を得た方々、愛する家族・知人を失い、住宅、職場を一瞬にして失ってしまった被災者の方々、そうした皆さんの気持ちを正面から受け留めなければなりません。

 岩手は、津波の常襲地でありますが、県内でおよそ1万8千人の犠牲者を出した明治の三陸大津波、そして昭和8年  の昭和三陸大津波の犠牲者がおよそ2,600人、戦後の昭和35年のチリ地震津波の犠牲者が62人と、時代が進むに連れ、防災技術も発展し、犠牲者は急速に少なくなり、これからもっと少なくなるのではないかということを漠然と考えていたところがあったと思います。毎年、行政としても真剣に防災訓練もやってきていたわけでありますが、結果として、東日本大震災津波において、岩手では死者・行方不明者数が5,800人以上出てしまったということは、率直に反省しなければなりません。

 犠牲になった方々への申し訳ないという気持ち、犠牲になった方々のふるさとを思う気持ちをしっかりと受け留めなければなりません。その上で、復興に向け、新しい未来に向けて立ち上がるために、先ずは被災者の皆さんの心に寄り添うこと。被災直後の強い喪失感や不安から、徐々に将来への希望を持っていただけるように、被災地そして被災者のニーズはどんどん変化をしています。

 本県では、発災8日後の3月19日に、全国の被災地の中では圧倒的に早く、陸前高田市内で応急仮設住宅を着工し、4月9日には、36戸が入居を開始しました。仮設住宅の建設に際しては、それまで制度としては認められていなかった民有地を借り上げての建設や、寒冷地仕様、バリアフリー化などを行い、国が後からこれを追認し、災害救助法の適用対象となりました。また、被災地から内陸部の旅館、ホテルへの避難者の移送も行いましたが、これも後から国が災害救助法の適用を認めました。

 現場のニーズを見極め、被災者に寄り添い、前例にとらわれない努力と工夫の結果、国が後追いで法律の適用を認めたものでありまして、被災者の側に立った取組の成果を挙げてきました。こうした視点での取組を臆することなく、これからもどんどん進めてほしいと思います。

 今回の震災では、県の対応への批判もありましたが、一方で、職員が現場力を発揮し、今までにないような努力と工夫で、しっかりと対応していると思っています。国の制度をそのまま当てはめ、現場のニーズが制度に合わないから認められないといった紋切型の対応ではなく、現場のニーズを踏まえ、必要とあらば、国に制度提案をして逆に国を動かすこと、被災者と対峙するのではなく被災者と同じ側に立って物事を見ようとしない限り、今の現場のニーズ、現場で必要とされているものに目を覆うこととなり、県民本位の行政を進めていくことができないのは明らかであります。

 これは、被災地に限ったことではなく、そもそも行政は何のため、そして誰のための仕事なのかということをもう一度考えてみてほしいと思います。大事なことは、どのような場面でも、まず相手の話を素直に聴くことであります。人の話をただ聞くのではなくて、注意を払い、より深く、心を込めて丁寧に耳を傾ける。自分の聞きたいことを「聞く」のではなくて、相手が話した。いこと、伝えたいと思っていることを受容的・共感的な態度で真摯に「聴く」ことが出発点であります。

 人にやさしくする、そして、この復興をどう進めていくのか、ふるさと岩手の未来をどう描くのか、常に先を見ながら、職員一人ひとりが志を高く掲げて仕事に臨むこと、我々が今後100年間の岩手の繁栄の礎を作る気概を持って、そのような姿勢でやっていきたいと思います。

(3) 絆 つながり

 三つ目は、大震災津波を機に生まれた全国、そして世界との「絆 - つながり」を大事に育み、そしてこのつながりを新たな力として「開かれた復興」を進めていくことです。

 東日本の太平洋側の広範囲が被災しましたが、発災直後には、自衛隊のほか、全国から警察、消防のチームが人命救助、行方不明者の捜索などにきてくれました。行政機能が失われた市町村には全国の自治体から応援に来ていただいたほか、約400か所にのぼる避難所が設置される中、全国の都道府県からは医療チームや心のケアのチームなどの専門家を派遣していただきました。

 これは圧倒的な災害を前にして、自治体が自主的に応援職員を派遣したというものであり、感謝の念にたえません。

 また、支援物資や義援金などは、多くの法人やNPO、個人からの協力をいただきました。被災者の生活を支え、そしてまた県に寄せられた義援金を活用して「岩手のまなび希望基金」を創設するなど、岩手の将来を担う子ども・学生の学びへの経済的支援も可能となりました。

 金銭や物資の支援以外にも、芸能人など多くの方々が県内各地を継続的に訪れ、被災者を勇気づける取組が行われており、たいへん心強く思っています。

 震災で発生した大量のガレキも県内では処理しきれないことから、他県に処理の協力をお願いしていますが、原発事故の影響で、ガレキにも放射線が含まれているのではないかとの懸念から、当初思うように進みませんでした。

 東京都がいち早くガレキの受入れを行ってくれて、また、島田市での試験焼却がきっかけとなり、全国の広域処理の機運が高まりました。島田市でも特産のお茶が放射能の風評被害で苦しんでいる中での決断でありました。このご縁をきっかけに岩手県庁の売店で島田市のお茶の販売を始め、庁内の会議などでも積極的に活用していくことにしました。これらのつながり、小さなきっかけを大切にし、復興につながる「大きな樹」に育てていきたいと思います。

 また、発災後から全国の都道府県・政令市などから多くの職員を派遣いただきました。今年も被災地を中心に140人あまりの方々に応援をいただいています。執務環境はもちろん、住環境、通勤事情など厳しい状況の中で業務に当たっていただいており感謝しています。

 6月14日に知事、副知事、各部局長などが釜石の沿岸広域振興局に出向き、現地復興会議を開催しました。その際、他県から応援にきていただいている職員と意見交換をいたしましたが、皆、使命感に満ち溢れ、たいへん力強く頼もしく感じました。

 これまでも北東北3県連携ということで、青森県、秋田県と職員を数名、相互派遣する人事交流を行ってきましたが、今回は、全国各地から来ていただいた140人あまりの応援職員の皆さんと一緒に仕事をすることとなっています。これは即戦力ということにとどまらず、本県の行政を進める上で大変貴重な財産になります。同じような業務でも県によって仕事の仕方、手順、ルールなどが違っています。そうしたことを実務レベルで見聞きし、さまざまな意見交換や議論をしながら、新しい発見や刺激を受けて、それが岩手県の仕事の仕方や手順を見直すきっかけ、仕事のレベルを上げるきっかけになると思います。

 他県の皆さんのお手伝いもいただいて、岩手は必ず復興しなければなりません。応援職員の方々には、これを機に復興業務の傍ら、本県の自然や観光地、豊かな食材をぜひ堪能いただき、地元の皆さんの人情にも触れ、岩手のファンになっていただきたいと思います。復興がかなった暁に再び来県していただき、皆様の協力をいただいて復興した現地をぜひ見に来てほしいと思います。

 こうした人的・物的支援は、国内だけではありません。発災直後には、アメリカ、イギリス、中国の緊急援助隊が本県に入り、人命救助、行方不明者の捜索に当たってくれました。また、クエートからは84億円の資金援助をいただいております。シンガポールからは宮古市田老地区への仮設のケアセンターなどの寄贈をいただいています。その他にも、赤十字社を通じて義援金や寄付金、スクールバスや学習道具、激励の手紙、追悼コンサートなど芸術を通じた祈りなど、海外から実に多くの支援をいただいています。

 本県において、このような国際的支援は初めてのことです。全世界、地球規模でのつながりというものを実感したところであり、まさにグローバルな世界とつながっていることを実感する出来事だったと思います。

 被災地の復旧・復興に当たっては様々なニーズがありますが、どれも被災地、被災者一人ひとりにとっては大事なニーズであります。社会が高度化し、住民ニーズも多様化した現代において、これらのニーズを全て行政が対応することは現実的には困難です。地域に貢献したい、社会に貢献したい、少しでも被災者の力になりたいという思いを個人で行動に移す、あるいは、組織として、NPOや企業活動を通じてさまざまな取組が行われています。こうした復興に向けた様々な連携の輪をさらに広げることが重要です。

 復興計画では「開かれた復興」を掲げ、「新しい公共」を担うさまざまな主体の幅広い参画と協働のもとで、復興を進めていくことが必要とされています。行政だけで進めていくのではなく、企業や民間、ボランティアの力、つながりを大事に育み、次のステップにつなげていくことが大事です。

 また、つながりということで言いますと、大事なのは市町村との関係です。これまで、地方分権、地域主権推進の過程で、県と市町村の役割分担を明確にするというスタンス、市町村合併が進んで、基礎的自治体としての実力をつけてきた市町村が増え、分権型社会にふさわしい役割分担の在り方を追求し、事務事業の移譲などを進めてきました。しかし、今回の大災害で起こったような市町村機能の喪失という事態は想定されていませんでした。復興に当たっては、行政の仕事としていずれの自治体が行うべき仕事かという本来の分担はあるにしろ、どうすれば地元のためになるのか、被災者の思いに応えて、どうすれば復興が早く進むのかということを考える場合、市町村と県が対等で最も身近なパートナーとして協力して進めていくことが重要であります。市町村と常に顔の見える関係、強固なつながりを改めて構築していく必要があります。

(4) 岩手県職員憲章

 以上、依然として被災地は「非常時」であり、震災を風化させてはならないこと、現場を見ること、新しいつながり、絆を大切にすることについて話をしてきましたが、復興を進めるうえで、そしてあらゆる県の行政を進めていくうえで、我々県職員の基本姿勢がどうあるべきかということを考えていきますと、改めて「職員憲章」というものにたどり着くと思います。

 職員憲章は、分権型社会に対応した地域経営を進めていくために、公正、自立そして共生という理念のもと、質の高い行政サービスを提供していく仕組みづくりが必要で、県政の第一線で働く県職員が、そのあるべき姿や行動基準といったものを県民に明らかにすることが必要だという考えから、広く職員の意見を募りながら、3年前の平成21年に策定したものであります。

 職員憲章には5つの信条があげられており、第一に「県民本位」 常に県民の視点、立場に立ち、現在、そして未来の「県民全体の利益」を考え、行動します。第二に「能力向上」 創意工夫を凝らし、柔軟な発想で、「新たな課題に果敢に挑戦」します。第三に「明朗快活」 職員間の自由なコミュニケーションを通じ、「明るく、いきいきとした職場」をつくります。第四に「法令遵守」 「規律」を重んじ、県民から信頼されるよう、「公正、公平」に職務を遂行します。

 そして第五に「地域意識」 地域社会の一員としての「自覚」と県職員としての「誇り」をもって、「誠実」に行動します。これらは、普段から県職員として必要な、そして常に基本姿勢として持っているべき5つの項目でありますが、復興にあたってもやはりこの岩手県職員憲章のこの5つの信条が大事であると改めて思います。

3 部課長等、幹部職員に向けて

(1) 広い視野から物事を考える

 以上、これまで復興をはじめとして仕事を進めていくうえでの心構え、すべての職員に考えてほしいことについて話してきましたが、ここからは部課長の皆さんが、それぞれの組織のリーダーとして、職員をどう導いていくのか、組織をマネンジメントしていくうえで、お願いしたいことを話していきたいと思います。

 一つ目は、「広い視野から物事を考える」ということであります。部下職員、担当者は、担当する案件の背景や課題、今何が問題になっていて、関係者は誰で、どう考えているかなど、いわばその内容について一番よくわかっています。課長は担当者から報告を受け、部長は課長から報告を受け、ともに考えスピード感をもって即座に判断をしていかなければなりませんが、幹部職員が担当職員から報告を受け判断を下す際に重要なことは、自分の所管範囲に視野を限定しないことであります。もう一つ上のレベルで考えたらどうなるか、また、知事になったつもりで考える、そうすることによって自ずと、自分の守備範囲を超えた様々なファクターを、自分が政策を決定する際の判断基準の中に組み込んでいくことができると思います。

 役所の組織は、ピラミッド型の官僚制であります。上位下達の指揮命令系統、明確な規則・ルールが決められて運営され、できるだけ少ないコストでできるだけ多くの便益を挙げる意味では、最も合理的な組織といわれてきました。定型的な業務を処理するには、ルールがきっちり決められていますので、正確に迅速に処理することができます。しかし、社会経済状況が目まぐるしく変化し、ニーズが多様化する現代においては、縦割りの問題、上や横との情報伝達の困難性など官僚制のデメリットと言われる部分を意識的に工夫して補っていかなければなりません。

 特に被災地では通常以外のニーズが多数発生しています。復興業務を迅速かつ強力に進めていくためには、従来の守備範囲に捉われない、また固執しない柔軟な発想が必要で、部局同士、部局間の連携が重要です。例えば、放射線対策はまさに部局横断で取り組まなければならない課題であり、現場、県民ニーズ、岩手の将来にとって正しい対応は何か、どうすることが求められるか、最善の策かということを、部の論理を越えて、スピード感をもってオール県庁で対応していかなければなりません。

 また、現在はまだ非常時で、復興に全力を挙げて取り組む、限られたマンパワーと財源を復興に重点的に振り向けていくことが大前提になります。業務に優先順位をつけ、不要不急な業務は大胆に休止、ストップをかけて復興にシフトしていくことが必要です。この判断が最終的にできるのは各所属のリーダーであります。県政の最重要課題は復興であり、それに全力を挙げていく時期だということを肝に銘じて、大胆な決断をしてほしいと思います。

(2) 職場環境から明るくいきいきとした職場づくり

 二つ目に、明るくいきいきとした楽しい職場づくりです。職員憲章の一つ「明朗快活」、これは「職員間の自由なコミュニケーションを通じ、『明るく、いきいきとした職場』をつくります。」という内容です。組織の財産は、「人」であります。限られた人員でより大きな成果を挙げていくためには、部下の内面から湧き上がるモチベーションを向上させ、維持していくことが大事です。

 これは管理監督者の大きな役割の一つです。職員が働きやすい、明るく楽しい職場環境をつくること、その基本はコミュニケーションです。メールが発達していますが、上司と部下、同僚同士、コミュニケーションの基本は直接の対話です。自由闊達な議論ができ、スムーズなコミュニケーション、職員が明るくいきいきと仕事ができる職場環境づくりを率先してください。

 残念ながら今般、災害復旧事業に関し、入札事務でミスが発生しました。検証委員会を作って、問題の原因究明と対応策を検討しましたが、原因の一つに情報共有の不徹底が挙げられました。

 これもコミュニケーション不足の一つであります。今回の事案については、原因をきちんと究明、検証して、再発防止策を確実に実行していくことが求められますが、個人としてのミス、不手際は起こり得るものであります。ミスした個人を責めるのではなくて、個人のミスを補う仕組み、組織全体でカバーしていくことが必要で、同じミスを再び繰り返さないことが大事であります。

 県の仕事は職員個人で完結させるような性格のもの、いわば個人戦ではなく、本質的にチームワークを前提とした団体戦であります。組織が一致団結して、同じ方向に向かって業務に当たること、組織力を向上させること、団結力を高めること、それらすべての基本は明るく楽しい職場づくりであります。

 職場の雰囲気もリーダーによって大きく変わります。皆さんもかつて部下職員であった時代には、組織のトップ次第で、職場が明るくも、そうでなくなることも経験してきたことと思います。

 明るい気持ち、前向きな気持ちがないと、いい考えも浮かびません。率先して明るい職場づくり、職員が高いモチベーションを維持して仕事に向かえる職場づくりをお願いします。

 それから、職員のメンタル面のケアも重要です。震災復興業務が増えて、思うように仕事が進まず、悩んでいる職員がいないかどうか目配りをしてください。心身ともに健康であるようにすることが、良い仕事をするための基本であります。

(3) コンプライアンスの確立

 三つ目、コンプライアンスの確立です。牛肉の産地偽装でありますとか期限切れの原材料使用でありますとか、消費者や社会に大きな影響を及ぼした事件が起きました。最近では、大手企業による損失隠しや不正な巨額融資、証券会社のインサイダー取引などがあります。民間企業にとって、顧客である消費者から信頼を失った企業は、存続自体が危うくなりますので、コンプライアンスの確立には膨大なエネルギーが割かれています。

 報道されている企業の不祥事をみますと、その原因、根底にあるものは、間違った組織の方針や利益第一主義、理不尽な上司の命令や組織防衛など、個人が本来持っているはずの正しい意識や行動がゆがめられていることに起因していると思われます。結果に至る前の段階、プロセスの過程から、常に正しいことをする、間違っていると思ったことは正すといった、あたりまえのことがあたりまえにできるような組織風土を作って、維持し続けていくことが大切です。

 言うまでもなく、公務員には一般企業よりも高い倫理、規範が求められますが、残念ながら飲酒運転など職員の不祥事もなかなかゼロになりません。震災からの復興にオール県庁で、組織を挙げて取り組むためにも、顧客である県民からの信頼を得ることが不可欠であります。そのために何をすべきか、組織のリーダーは、組織のモラル、ルールを部下に言って聞かせるだけではなく、率先して行動しなければなりません。コンプライアンスを日本語にすると「法令遵守」であり、これも県民憲章に掲げる5つの信条の一つであります。

4 復興から希望郷いわてへ

(1) 岩手全体の総合開発

 岩手県の歴史を振り返ってみますと、カスリン、アイオン台風で大きな被害を受けた後、「岩手版TVA」-TVAというのは、1930年代にアメリカのルーズベルト大統領が世界恐慌対策として行ったニューディール政策の一環として、テネシー川流域の総合開発を目的として作られた、テネシーバレー開発公社の事業でありますが、「国土総合開発法第1号指定 北上特定地域総合開発計画 」において、北上川流域に、田瀬、石渕、湯田、四十四田、御所の5大ダムを作り、一関遊水地事業を進め、そして企業局を設置して発電や工業用水の確保を図り、また、三陸縦貫鉄道の整備を進めるという復興事業を進めてきました。

 今回は、岩手沿岸が津波で大きな被害を受け、沿岸部の道路・通信網などがことごとく寸断され、内陸からの緊急車両の投入や物資の輸送などもままならなかったことを踏まえて、復興道路として三陸沿岸道路や、東北横断自動車道釜石秋田線、宮古盛岡横断道路の整備が決定されています。岩手の沿岸部を縦に貫く移動手段と、沿岸部と内陸部を結ぶ移動手段の確保は、明治以来の本県の悲願でありました。今回は、被災地の沿岸地域はもとより、内陸部も含めた岩手全体の復興であります。被災地と沿岸と内陸がともに手を携えて、岩手全体の復興、真の復興が実現します。

 社会経済や景気の低迷で、国全体としてハード整備事業を抑制する流れが長い間続いていましたが、被災地においては、安全、安心な暮らし、生活を確保するため、まずは防潮堤を始めとする各種インフラの整備が必要であります。「人命が失われるような津波被害は、今回で終わりにする」という決意を形にしなければなりません。

 今は建設関係を中心に官民とも人手は不足しており、今後も需要は増えると見込まれますが、この先、建設土木事業の雇用が一段落するその後も見据えて、人材が他の分野にスムーズに移ることができるような仕掛けをあらかじめ用意しておく必要もあります。自然豊かな岩手の地に安心して住み、学び、仕事をしていくというサイクル、岩手の地が豊かな生活を営んでいくために最適だと、県外の人からも選ばれるような、ふるさとにしていかなければなりません。

(2) 平泉、ILC、岩手国体

 大震災津波の被害から3か月後の昨年6月、登録延期から3年越しで「平泉」は世界遺産に登録されました。平成13年に暫定リストに登録されてから10年。平安時代の戦乱によって荒廃した東北に、平和な理想郷を実現するため、奥州藤原氏初代清衡公が「人と人との共生」、「人と自然との共生」を理念として築かれた平泉は、まさに東北復興のシンボルにふさわしい存在です。

 今年は、岩手単独では32年ぶりに開催された「いわてデスティネーションキャンペーン」が先月末まで開催され、平泉にもたくさんの観光客にお出でいただきました。今後も平泉には多くの観光客が見込まれ、平泉を起点に、沿岸、県北にも多くの方々に来ていただき、復興に向けた力にしていきたいと思います。

 そして、ILC国際リニアコライダーの誘致。北上高地の固い岩盤という地域資源を活用するもので、国家プロジェクトとしても相応しく、世界に繋がっていくプロジェクトでもあります。「平泉」と「国際リニアコライダー」については、昨年4月の国の第2回復興構想会議の場で、私から復興のシンボルとして提示しました。復興構想会議の委員の皆さんは、最初驚いた様子でありましたが、その後、「平泉」は世界遺産登録が決まり、「なるほどそういうことだったのか」と認知され、ILCについても、その後の復興構想会議の場でも繰り返し説明したところ、国の第3次補正予算で調査費が計上されるなど、具体的な動きもでてきました。これも機会を捉えて、情報発信を繰り返した成果であると思っています。

 また、県内市町村や競技団体、県内経済界など関係機関の声、熱意もあり、平成28年には、2巡目の岩手国体を復興の象徴として開催する予定です。支援をいただいた全国の皆様に、復興に向け頑張っている姿を見せ、また、情報発信をしていく良い機会であります。

 今日、大会愛称とスローガンが決まりまして、大会愛称は「希望郷いわて国体」、スローガンは「広げよう感動。伝えよう感謝。」となりました。「伝えよう感謝。」というのは、これは国体についてもそうですけれども、やはり復興ということを強く意識したスローガンでありまして、今日正式に決まりましたのでどんどん発信をしていきたいと思います。

 全国の都道府県から応援職員の派遣を受けながら復旧復興業務を進めていますが、今後、復興事業が本格化する中では、人も財源もさらに集中して投入していかなければなりません。こうしたことから、国体開催に要する人員、経費などは、先催県と同じようにすることはできません。県民、企業、民間等との協働を基本として、必要な業務はゼロから見直し、知恵を出して、「岩手型国体」の開催を目指していくこととなります。

(3) 終わりに

 終わりになりますが、岩手は過去何度も自然災害に見舞われてきました。日本は自然災害の多い国でありますが、岩手も特に自然災害の多い地域であります。しかし、岩手の先人の方々は、決してくじけることなく、これらの苦難を乗り越えてきました。去年の3月11日の東日本大震災津波は、未曽有の大災害と言ってよいかつてないような大災害でありましたが、被災以前よりも安全、被災以前よりも安心、そして被災以前よりも豊かな岩手を実現していかなくてはなりません。

 今、諸外国では中東での紛争が未だに新しい形で繰り返され、ギリシャから始まったEUの信用不安の広がりが懸念されています。近年の世界経済を牽引してきた中国など新興国の経済成長の鈍化も指摘されています。今の世界の中で、この通りすれば大丈夫、こういうふうにしていけば絶対確実というようなことはない状態であり、世界全体として今どの方向に進んでいこうとしているのか分かりにくい状況にあると思います。一方で、今年の年頭の知事訓示でも話したことでありますけれども、復興の現場においては、これからの世界のあるべき姿が明らかになっていると言っていいような手応えを感じております。やはり命を守るということを突き詰めていく、そして、全てを失った被災者の方を支えていくのに、まず何が必要かといったことを考えて、そして、実際の行動に移していかなければなりません。そういう復興の現場の中でいろいろな優先順位、また、守らなければならないこと、そういったことが必要に迫られる中で、はっきり見えてくるそういう手ごたえを、これは私のみならず多くの職員が感じているのではないのでしょうか。人や社会のあるべき姿、また、行政や地方自治のあるべき姿、それを復興の現場において実現させていくことで、この岩手から日本全体の在り方、また、グローバル社会の在り方について発信させることができると思います。

 去年の3月11日以降の経験から見ても、岩手県職員にはそれができると信じています。「危機」を「希望」に変え、復興という事業を通じて、「希望郷いわて」を実現する。すべての県民がそれぞれ自分の希望を持つことができるような岩手。去年の3月11日時点に8年かけて戻すのではなく、8年後の岩手のあるべき姿をビジョンとして描き、その未来に追いついていく復興を力強く進めていきましょう。終わります。

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